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城西浪漫館の津山榕菴珈琲



■「珈琲」の字は津山藩が発祥

 宇田川榕菴(うだがわ・ようあん)は、幕末の津山藩医で蘭学者(洋学者)。当時の日本に概念のなかった「酸素」や「水素」など多数の化学用語を考え出しました。
 新しい物好きの榕菴は、代々津山藩医を勤める蘭学の名門・宇田川家と交流のあったオランダ商館長と面談した際に、初めて飲んだコーヒーに興味を持ちます。そして現在、一般的に使われている「珈琲」という字を考えました。
 蘭学に重きを置いた津山藩の藩医だからこそ「珈琲」という字を榕菴は誕生させることができたのです。
 「珈琲」という字は、オランダ語のkoffieという発音に合わせただけでなく、「珈」は女性の髪を飾る玉飾り、「琲」は玉飾りの紐の意味で、コーヒーの木に真っ赤なコーヒーチェリーが実っている様子を描写したと伝わり、今もモダンで異国の情緒を感じさせてくれます。


■珈琲罐(コーヒーカン・復元品)

 城西浪漫館にお越しいただければ、江戸時代に宇田川榕菴が使用していた珈琲罐=コーヒーカン(コーヒーの煮出し器・オランダ語でコーヒーポットの意)を復元したものでコーヒーをお淹れします。
 現代の味覚に合うように淹れる方法を考えた結果、ドリップ方式を採用しました。その結果、風味が豊かな珈琲となり、津山市を代表する洋風建築の館内の雰囲気ととてもあった味になりました。
 当時オランダを通じて日本に持ち込まれたコーヒー豆と同種のものをブレンドするなど、こだわりの一杯となっています。ぜひ幕末の珈琲をお試しください。 >> SO's Cafe(館内併設喫茶)

 紹介記事PDF 山陽新聞(平成22年6月25日付32面)

■岡山県内各地で販売中 【天満屋岡山店・津山店・岡山空港店、津山観光センター、和蘭堂】

 2013年夏にJALの機内誌アゴラで当館珈琲が紹介され、新しいもの好きだった榕菴にちなみ岡山の空の玄関口・岡山空港での売店販売を開始したところ、予想を上回る売り上げを記録し、皆様の関心に驚いております。また、地元の老舗百貨店「天満屋」や、津山城に隣接する「津山観光センター」、津山城東町並み保存地区の津山洋学資料館に併設の「和蘭堂」でも販売しております。
 ぜひ、岡山土産にお買い求めください。金箱詰め「洋學珈琲」は天満屋ネットショップでもお買い求めいただけます。
 また津山市の「ふるさと納税返礼品」にも選定されています。
 東京では、新橋の岡山県アンテナショップ「とっとり・おかやま新橋館」でお買い求めいただけます。
珈琲罐

■洋学の津山が生んだ「珈琲」
 「珈琲」の字を作った宇田川榕菴は14歳で津山藩医・蘭学の名門、宇田川家の養子となり、義父・玄真に学び知識を得て蘭学者として成長します。そして父との共著で数々の化学、医学書などの出版に携ります。コーヒーを口にしたのも父・玄真に随行し江戸に参府した際、オランダ商館長と面談する機会を得た時のようです。津山藩主は徳川御家門筆頭という立場のため幕府内でも津山の蘭学者が重用されていきます。今では一般的となった「珈琲」の字は津山がなければ生まれなかったと言って過言ではありません。

城西浪漫館【榕菴ゆかりの品】

■遠西医方名物考補遺

 天保(1830年〜)初期の薬学書「遠西医方名物考補遺」(宇田川榕菴と父・玄真の共著)
 細かなタッチで描かれた植物のイラストは榕菴によるもので日本に初めて本格的な植物学や科学を紹介した「近代化学の生みの親」であり、さまざまなものをイラストで遺し今に伝えた榕菴の人柄にふれることができます。また元素、酸素、窒素、水素、気化、酸化、中和など今日も使われている化学の基礎的用語もみられます。
■菩多尼訶経(ボタニカキョウ)
 宇田川榕菴が文政5年に著した日本で初めて西洋の植物学を紹介した植物学書で、お経のように折本式として当時の日本人に親しみやすく工夫しているのが榕菴らしい。
 菩多尼訶経(木版再印刷版)
■醫範提綱(いはいていこう)

 榕菴の父である津山藩医で蘭学者の宇田川玄真が(1769〜1834)が翻訳してベストセラーとなった外科書「醫範提綱」(幕末の写本)や玄真の遺志をついで緒方洪庵が書いた日本初の病理学書「病学通論」(同)など榕菴ゆかりの品々を館内でご覧いただけます。

 紹介記事PDF 読売新聞(平成22年5月7日付)
■宇田川三代墓所

 榕菴は父・玄真らとともに城西浪漫館のある城西地区の泰安寺(津山市西寺町)が墓所となっており、当館から徒歩7分ほどでお参りできます。


毎年、榕菴先生のご命日には墓前に珈琲を供えます

■宇田川家旧宅跡

 文久3年(1863)以降、明治まで居を構えたのが津山城の北東に位置する三枚橋西詰で現在は案内板が立てられています。榕菴の養子・興斎やその息子の撤四郎もここで過ごしました。当館からはごんごバス小循環線で約20分(城北橋下車)です。


スタッフからのお知らせSO's Cafe(併設カフェ)